下街道

宝珠寺の前には下街道が通っています。
「下街道」(したかいどう)とは、中山道槇ヶ根の追分から名古屋市中区錦二丁目にあった「伝馬会所札の辻」の間の道をいいます。全長、約58㎞。中山道を通って名古屋へ行く場合に比べて、三角形の二辺を通るより一辺の方が短いと同じで、15㎞も短縮できました。名古屋から信州の善光寺へ行くにも、信州の方から伊勢神宮や熱田神宮へ行くにも商荷物を運ぶにも、「下街道」は便利だったわけです。

「下街道」は庶民の道といわれ、「善光寺街道」とも、場所によっては「伊勢道」「内津街道」「名古屋街道」とも呼ばれました。ちなみに「上街道」(うわかいどう)は、中山道のことをいいます。

宝珠寺の下を通っているのが下街道ですが、宝珠寺のあたりから東に向かって、武並までを紹介しましょう。この頃は、ネットなどでも載るようになったためか、自転車を楽しむ方が多く通るようになりました。

 

「下街道」を宝珠寺の下から東に向かって、恵那市との境辺りまでご案内しましょう。

 

宝珠寺の東で左に上る坂があります。この道が旧の下街道です。明治13年に明治天皇の行幸があった時、右の「新道」となりました。この辺りは、桜の名所だったようで、字名を「桜の木」といいます。

 

「新道」の途中に、道祖神が祀られています。気を付けないと見落とします。

 

「新道」の終わった場所に、蓮信法師と宝珠寺の住職だった朴雲和尚の歌碑があります。昭和6年建立。

 

さらに400m進むと、左に妙見神社の鳥居が見えてきます。階段を上り、国道19号線、中央道の下をくぐるとあります。左に沢の流れる涼しい所です。

 

「境橋」が瑞浪市と恵那市の境界です。

「境橋」からさらに200m行くと、「いとう鶴」という酒造の屋敷があります。この写真は西の方向で写しています。文政6年(1823)創業の老舗でしたが、平成18年に操業を停止しました。
「下街道」は続きます。この辺りは、恵那市武並町の宿という字名の地区です。

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